<一句鑑賞>

 

   春愁や薬飲むこと忘れをり     山形 義明

 

 当たり前のように飲んでいる薬を今日は飲み忘れてしまっ た。〈春愁〉と詠まれた作者、「あー薬飲むの忘れちゃったよ、まぁいいか」で終わらない。真面目で几帳面な作者の性格が読みとれる。〈薬飲むこと忘れ〉に病気はそれ程深刻でもない様子が読み取れます。

                (田中美代子)

                ~夕凪10月号(令和元年852号から)~ 

 

 

 

釦外して秋風の出入り口 佳子
釦外して秋風の出入り口 佳子

象使ひの少年泳ぐ夏の霧  佳子
象使ひの少年泳ぐ夏の霧  佳子

  

   草萌やここに座っていいですか     永野真智子

 

 この句には具象は〈草萌〉しかない。早春、大地から一斉に

 草の芽が頭をもたげてくる。若芽を潰しそうだから傍に座るのは

 ちょっと憚られる。だが作者はそこに座りたいと言う。

 胸の内を聞いてもらいたいのだろうか。それとも、そばに座って

 いるだけで心が落ち着くのだろうか。青春の淡い恋のようでもあ

 り、心に深い傷を抱えているようでもある。

  〈座っていいですか〉の措辞がせつない。

                         (高田久美代)

        ~夕凪9月号(令和元年851号)から~

 

 

 

 

 


  

   冬眠の蛙に土を戻しけり          田辺紀美子

 

 田舎のちょっとした展示館に入った時の事です。

ガラスケースの上の展示物に驚愕しました。上半身は土に埋まり、脚が剥き出しになった大きな蛙です。蛙は上向きの姿勢で青白く大きな脚をぴんと伸ばしています。体長が30センチくらいはありそうだと思いました。「冬眠した牛蛙」の展示でした。蛙の脚に土をかけてやりたい、直ぐにと思いました。

                              (伊丹 典惠)

        ~夕凪8月号(令和元年850号)から~    

 

 

 

      寒禽に応へるやうに深入りす      水口 佳子

 

「カンキン」の音韻に張りつめた緊張感が漂う。一羽であろう、じっと動かないでいるその鳥の思い。見入る作者がその中に入ってゆく。鳥との対峙から鳥との融合へ…。厳かにして柔らかな「刻」の共有があり、鋭い生きもの感覚がこの句には働いている。鳥を擬人化しているのでもなく人を擬鳥化しているのでもない。「肉体そのままの、うぶな衝動こそ、もっとも鋭い反応。それが土台にあって、詩の核が純潔に得られ、その上に理知の構築が可能となる。詩は肉体である」と

金子兜太は『今日の俳句』で言う。上句の〈深入りす〉はそんな理知の構築の結果だ。

                            (すずき 穂波)

       ~夕凪7月号(令和元年849号)から~

 

  

 落椿待ちて鎮もる地の表      佐藤伊佐雄    

 

椿が落ちるまでは地表は鎮まっていなかったと、逆説的に詠っている。

落ちる前の地面は華やいでいたのであろうか、逆にざわついていたのであろうか。ともあれ、落椿によって地面が鎮まったと感じた感性を頂いた。                      

                            (藤本 陽子)

       ~夕凪6月号(令和元年848号)から~

 

 

 

  連翹のはや灯をともす薄暮かな    河野由美子

 

〈連翹〉が咲くと密集した黄の花が盛り上がるようで美しい。

石路や菜の花などの黄の花は薄暗がりの中でも明るい気がする。

そこで「石路あかり」や「菜の花あかり」などと詠まれるが、連翹も同じように「灯を点す」と作者は感じたのだ。

                      (飯野 幸雄)

        ~夕凪5月号(令和元年847号)から~

 

 

   

   積み上げし土嚢の下のちんちろりん   登尾圭子

 

1月号の夕凪作品(1)から心に残った一句。

前年この地を襲った西日本豪雨を思い出させるに十分な作品である。

「積み上げし土嚢」だけで読み手の記憶を呼び起こさせる、的を得たスケッチにまず感心。加えて、それに配する「ちんちろりん」という肩の力を抜いた言葉選びが、重々しい土嚢との対比で何ともいい。

虫にとって土嚢の下は決して安住の地でもなければ、居心地のいい場所でもない。でも懸命に歌っていることに驚きを覚え、作者はこの一句を賜ったのである。そこには作者の今の心境と重なるものがあるからこそと鑑賞するのが自然であろう。多くの人が、不安や課題を抱えながら生きている。圭子さん、そして俳句仲間の皆さん、立ちはだかるハードルをプラス思考で乗り越えて行きましょう。ほら、虫たちも鳴いてるじゃないですか、「大丈夫よ」って。

                    (島田六峯夫)

        ~夕凪4月号(平成31年846号)から~

 

 

    

   店先に昨日の海と眠る牡蠣     永井勝弘

 

新鮮な牡蠣が手に入る広島ならではの句か。

店先で売られている牡蠣は、昨日はまだ海の中にあったのである。

あるいは、牡蠣にしてみれば、眠っていて知らない間に店先に、と

思っているかもしれない。

                (藤本陽子)

      ~夕凪3月号(平成31年845号より)~

 

 

 

   しゃぼん玉ふわりふわりと晩年へ   阿部貴代子

 

この句には三通りの解釈があると思う。 

文字通り、生まれた瞬間からしゃぼん玉は晩年へと向かっている‥  という捉え方。あっという間に壊れてしまうしゃぼん玉だからこその見方。もう一つは「しゃぼん玉」は取り合わせの季語で、ふわりふわりと晩年に向かっているのは作者自身であるという捉え方。重荷を下ろして自由になった心で、時間に身を任せているような、そんな精神の軽やかさがある。三つ目の読みは「しゃぼん玉ふわり/ふわりと晩年へ」という切れでの読み方。作者の眼前にはしゃぼん玉がある。ふわりと浮かんだしゃぼん玉を見ながら、こんな風に自分も晩年に向かっているのだという作者の実感。句跨りの切れによって、ただの風景から作者の深い思いへと空気を換える。そしてこの実感こそが、今の作者にはふさわしいのではないかという気がしているのだ。

阿部貴代子さん、句集「つぶやき」上梓おめでとうございます。

                        (水口佳子)

     ~夕凪11月号(平成30年841号)より~

 

 

あまりにも遠き記憶を朝の蟬  佳子
あまりにも遠き記憶を朝の蟬  佳子
朴ひらく南無とちひさく声放つ  佳子
朴ひらく南無とちひさく声放つ  佳子
冷房にとざされ百鬼夜行絵図  佳子
冷房にとざされ百鬼夜行絵図  佳子
さくらしべ降る黒服の列が行き  佳子
さくらしべ降る黒服の列が行き  佳子
約束を違へて蝶になりそこね  佳子
約束を違へて蝶になりそこね  佳子
永久の冬永久の曇りの窓越しの  佳子
永久の冬永久の曇りの窓越しの  佳子
かげろふに回る木馬のろんろんと  佳子
かげろふに回る木馬のろんろんと  佳子